荒尾怜音さんがセクシャルマイノリティを公表した理由なぜ!
荒尾怜音さんがセクシャルマイノリティであることを公表した大きな理由は、自分自身と向き合い、高橋塁さんの勇気に背中を押されたことです。
荒尾怜音さんは、LGBTQ+の中からあえて選ぶなら「Q(クエスチョニング)に近い」と明かしています。
幼い頃から性別によって物事を決めつけず、「自分は自分」という感覚を大切にしてきました。
ただ、自分の中にあるさまざまな感情に戸惑った経験もあり、カミングアウトには大きな壁を感じていたそうです。
会社員として生活していても、職場では「男なんだから」「女なんだから」という言葉を何気なく耳にすることがあります。
言っている側に深い意味はなくても、受け取る側には引っかかることがあるんですよね。
だからこそ、荒尾怜音さんが自分自身のことを言葉にして発信するまでには、外から想像する以上にいろいろな思いがあったのではないでしょうか。
ここからは、荒尾怜音さんが明かした気持ちをもう少し詳しく見ていきます。
荒尾怜音さんはQ(クエスチョニング)に近いと公表
荒尾怜音さんは、自身のセクシュアリティについて、LGBTQ+からあえて選ぶなら「Q(クエスチョニング)に近い」と説明しています。
性自認や好きになる人の性別について明確な枠を決めず、「自分は自分」と考えて過ごしてきたそうです。
荒尾怜音さんは「男だから」「女だから」という言葉に違和感を覚えることがあり、洋服についてもレディースを選ぶことが多いと明かしています。
また、女性と一緒にいるほうが楽に感じる一方、男性と過ごす時間にも楽しさを感じるとしています。
ここで大切なのは、荒尾怜音さん自身が「Qに近い」という表現を選んでいる点ですね。
つい「つまり○○ってこと?」と分かりやすい箱に入れたくなりますが、人の気持ちは会社の書類ほどキッチリ分類できません。
荒尾怜音さんが選んだ言葉を、そのまま受け止めるのが一番自然だと感じます。
では、こうした感覚はいつ頃からあったのでしょうか。
幼少期から性自認や好きになる人の性別に枠を決めていなかった
荒尾怜音さんは幼少期から、男女を問わずさまざまな友達と一緒に過ごしてきました。
女の子だけの集団に入って遊ぶこともあり、その環境の中で「可愛い」「かっこいい」「美しい」という感情を大切にするようになったそうです。
そして、その気持ちは単なる「自分もこうなりたい」という憧れだけではなく、いつしか「好き」という感情にもつながっていきました。
そのため、性自認や好きになる人の性別について無理に枠を作らずに過ごしてきたといいます。
「男性ならこう」「女性ならこう」と決めてしまったほうが説明する側は楽ですが、本人の気持ちまで単純になるわけではありません。
仕事でも「普通はこうするよね」という一言が意外と厄介だったりしますが、人それぞれの感覚に唯一の正解があるわけではないんですよね。
そんな荒尾怜音さんにも、自分自身の感情について悩んだ時期がありました。
自分の中にある感情に戸惑い悩んだこともあった
荒尾怜音さんは、自分の中にあるいくつかの感情に戸惑い、悩んだことがあったと明かしています。
現在の言葉だけを見ると、自分らしさをすでに整理できていたようにも見えますが、そこに至るまで一直線だったわけではありません。
好きになる人の性別や性自認など、自分自身について考えることは誰かに答えを教えてもらえる問題ではないですよね。
仕事の悩みなら上司に聞けば解決することもありますが、自分自身のあり方についてはマニュアルもFAQもありません。
だからこそ、荒尾怜音さんが「自分は自分」という考えにたどり着いたことには、大きな意味があるように感じます。
そして、公表するかどうかについては、さらに別のハードルがありました。
「カミングアウト」が重く分厚い壁のように感じていた
荒尾怜音さんにとって「カミングアウト」という言葉そのものが、重く分厚い壁のように感じられていました。
自分自身について理解することと、それを大勢の人に公表することはまったく別の話ですよね。
しかも荒尾怜音さんは、SVリーグのヴォレアス北海道でプレーするプロバレーボール選手です。
一度SNSで発信すれば、ファンだけでなく多くの人に情報が広がります。
会社員でも職場でプライベートな話をどこまで伝えるか迷うことがありますが、プロスポーツ選手なら注目される範囲は比較になりません。
その状況で自分自身について公表すると決めるまでには、相当な葛藤があったことがうかがえます。
そんな「分厚い壁」を越えるきっかけになったのが、同じ男子バレーボール界で活躍する高橋塁さんでした。
高橋塁さんの告白がきっかけ?
荒尾怜音さんがセクシャルマイノリティであることを公表する大きなきっかけになったのは、高橋塁さんの告白でした。
荒尾怜音さん自身が「高橋塁さんの勇気に背中を押してもらい、自分もこうして自分の言葉で伝えることを決めました」と明かしているため、この点はかなり明確です。
一方で、高橋塁さんと荒尾怜音さんの間に恋愛関係があると確認できる情報は、今回確認した資料にはありません。
SNSでは2人の関係を推測する投稿も見られますが、公表された事実とネット上の想像は分けて考える必要がありますね。
個人的にも、誰かが勇気を出した姿を見て「自分も話してみよう」と思える感覚はよく分かります。
職場でも、誰か一人が言いづらいことを口にすると、急に会議室の空気が変わることがあります。
今回の2人についても、まず注目したいのは恋愛関係の噂ではなく、一人の発信がもう一人の背中を押したという事実でしょう。
では、高橋塁さんの公表が荒尾怜音さんにどのような影響を与えたのか、順番に見ていきます。
高橋塁さんの勇気に背中を押されて公表を決断
荒尾怜音さんは、高橋塁さんの勇気に背中を押され、自分自身について公表することを決めています。
高橋塁さんが自身についてカミングアウトしたことを受けて、荒尾怜音さんも「自分の言葉で伝える」という一歩を踏み出しました。
荒尾怜音さんにとって、カミングアウトはもともと「重く、分厚い壁」のように感じられるものだったといいます。
その壁を越えるきっかけになったのが、同じ競技の最前線で活動する高橋塁さんだったわけですね。
身近な業界で活躍している人が先に声を上げたことは、かなり大きかったのではないでしょうか。
会社でも「これ、言っていいのかな」と全員が様子見しているとき、一人が発言すると「実は自分も」と続くことがあります。
最初の一人になるのは大変ですが、その一言が誰かの選択肢を増やすこともあるんですよね。
実際に荒尾怜音さんは、自分も誰かに勇気をもらったからこそ、今度は自分の言葉や行動が誰かのきっかけになればという思いも伝えています。
では、これほど大きな影響を受けた荒尾怜音さんと高橋塁さんには、どのような関係があるのでしょうか。
荒尾怜音さんと高橋塁さんはどんな関係?
荒尾怜音さんと高橋塁さんは、どちらも男子バレーボール界で活動するプロ選手です。
今回確認できた情報から確実に言えるのは、荒尾怜音さんが高橋塁さんを「同じ競技の最前線で活躍する」存在として挙げ、その公表に勇気をもらったということです。
一方、SNSには2人のプライベートな関係についてさまざまな投稿がありますが、恋人同士だと裏付けられる情報は確認できません。
そのため、「高橋塁さんの告白がきっかけ=2人が交際している」と結びつけるのは早いでしょう。
ここは気になるところですが、想像で話を膨らませると一気に話が別方向へ走ってしまいます。
飲み会で同僚2人が一緒に帰っただけで翌朝には謎のストーリーが完成している、あの現象とちょっと似ていますね。
荒尾怜音さん本人が語っているのは、高橋塁さんの「勇気」に背中を押されたということです。
現時点では、この本人の言葉を軸に受け止めるのが自然でしょう。
続いて気になるのが、なぜ2人の公表が同じ日になったのかという点です。
荒尾怜音さんと高橋塁さんが同じ日に公表した理由は?
荒尾怜音さんが同じ日に公表した直接的な背景として確認できるのは、高橋塁さんのカミングアウトに背中を押されたことです。
荒尾怜音さんは2026年9月29日、自身のSNSでセクシャルマイノリティであることを明らかにしました。
高橋塁さんも同日に自身がゲイであることを公表し、その発信を受けて荒尾怜音さんも決断したことが明かされています。
つまり、少なくとも荒尾怜音さんについては「たまたま同じ日になった」と見るより、高橋塁さんの発信がその日の決断につながったと読み取れます。
ただし、2人が事前に相談して同じ日に発表する計画を立てていたのかどうかまでは、今回確認できた情報では分かりません。
ここを勝手に補完しないことも大切ですね。
ネットでは点と点を見つけると、つい極太マーカーで線を引きたくなります。
しかし、荒尾怜音さん自身が説明している「高橋塁さんの勇気に背中を押された」という部分だけでも、公表の経緯は十分に伝わってきます。
そして荒尾怜音さんの発信には、単に自分自身について知らせるだけではなく、次は自分が誰かの背中を押せたらという思いも込められていました。
荒尾怜音さんがセクシャルマイノリティ公表で伝えたかったこと
荒尾怜音さんが今回の公表で伝えたかったのは、自分らしさを大切にすることと、その発信が誰かの一歩につながってほしいという思いでしょう。
荒尾怜音さん自身も高橋塁さんの勇気に背中を押されたからこそ、今度は自分の言葉や行動が誰かにとって「何かのきっかけになれば」と語っています。
公表というと、どうしても「何を告白したのか」に注目が集まりがちです。
ただ、荒尾怜音さんの言葉を追っていくと、それだけではなく「自分を無理に決めつけなくてもいい」というメッセージも感じられますね。
会社員生活でも、年齢や性別、役職などで「こうあるべき」と勝手にキャラクターを決められる場面があります。
「男性なんだからこれくらい平気でしょ」と言われても、いやいや、その設定いつ決まったんですかと思うこともあります。
人それぞれ違って当然というシンプルな話ですが、それを自分の言葉で発信するのは意外と簡単ではありません。
荒尾怜音さんの公表には、そんな「自分らしくいること」への思いが表れています。
「自分は自分」という思いを大切にしてきた
荒尾怜音さんは、性自認や好きになる人の性別についてあまり枠を決めず、「自分は自分」と考えて過ごしてきました。
この言葉は、今回の公表を理解するうえでかなり重要なポイントです。
荒尾怜音さんは「男だから」「女だから」という言葉に違和感を持つことがあり、服についてもレディースを選ぶことが多いと明かしています。
一方で、女性と過ごすほうが楽に感じながら、男性と一緒にいる時間にも楽しさを感じるそうです。
だからこそ、LGBTQ+のどれかにきっちり当てはめるのではなく、あえて選ぶなら「Q(クエスチョニング)に近い」という表現になったのでしょう。
人間の感情は、選択肢が並んだアンケートのように一発でチェックできるものではありません。
社会人になってからでも「自分って意外とこういうタイプだったんだな」と気付くことがありますし、自分のことなのに自分が一番分かっていない瞬間もあります。
荒尾怜音さんが無理に答えを固定せず、「自分は自分」と表現したところに、今回の発信らしさがあると感じます。
そして、その考えを公表した背景には、自分だけではなく誰かの背中を押したいという思いもありました。
自分の言葉や行動が誰かのきっかけになればと発信
荒尾怜音さんは、自分の言葉や行動が誰かにとって少しでも何かのきっかけになればという思いを明かしています。
荒尾怜音さん自身が高橋塁さんの発信に勇気をもらったため、今度はその勇気を次の誰かにつなげたいと考えたのでしょう。
ここには、かなり印象的な流れがあります。
高橋塁さんが勇気を出して公表し、その言葉が荒尾怜音さんの背中を押す。
そして荒尾怜音さんも、自分の発信が別の誰かを後押しできればと考える。
「勇気のバトン」と表現すると少し青春ドラマ感がありますが、実際に一人の発信が次の一人につながっているんですよね。
職場でも、誰かが育休を取ったことで次の人が申請しやすくなったり、誰かが働き方について声を上げたことで周囲も相談しやすくなったりします。
最初の一歩があることで、「そういう選択をしてもいいんだ」と気付ける人は確かにいます。
荒尾怜音さんの発信も、同じような悩みを抱えている人にとって一つの選択肢を示すものになったのかもしれません。
ただし、公表したことで荒尾怜音さんの中心がセクシュアリティに変わったわけではありません。
荒尾怜音さんは今後について、プロバレーボール選手としての決意もしっかり伝えています。
今後もプロバレーボール選手として全身全霊で取り組む
荒尾怜音さんは今回の公表後も、自分自身を大切にしながらプロバレーボール選手としてバレーボールに全身全霊で取り組んでいくとしています。
つまり、今回の発信は競技人生から離れる話ではありません。
むしろ自分自身について言葉にしたうえで、これまでと同じように大好きなバレーボールへ向き合っていくという意思表示ですね。
公表後はどうしてもセクシュアリティばかりが話題になりやすいですが、荒尾怜音さんはプロのリベロとしてコートに立つアスリートでもあります。
会社員に置き換えて考えてみても、プライベートについて何かを打ち明けた翌日から仕事内容まで変わるわけではありません。
「話したかったことを話した。では仕事も頑張ります」という感覚に近いのかもしれませんね。
荒尾怜音さん自身も、今回の決断に向き合ったチーム関係者や、これまで一人の人間として接してきた家族、友人などへの感謝を伝えています。
周囲への感謝とともに競技への決意まで言葉にしているところを見ると、荒尾怜音さんにとって今回の公表は「自分らしく前へ進むための一歩」という意味合いが大きかったのでしょう。
では最後に、荒尾怜音さんがどのようなバレーボール選手なのか、これまでの経歴も見ていきます。
荒尾怜音さんのプロフィールや経歴
荒尾怜音さんは熊本県出身のプロバレーボール選手で、ヴォレアス北海道に所属するリベロです。
鎮西高校、早稲田大学というバレーボールの強豪校で経験を積み、大学卒業後にヴォレアス北海道へ加入しました。
今回のニュースで荒尾怜音さんを初めて知った人もいるかもしれませんが、学生時代からリベロとして実績を積み重ねてきた選手です。
プロフィールを簡単にまとめると、以下のようになります。
・名前:荒尾怜音(あらお れおん)さん
・生年月日:2001年5月1日
・出身地:熊本県
・身長:175cm
・ポジション:リベロ
・出身高校:鎮西高校
・出身大学:早稲田大学
・所属:ヴォレアス北海道
・背番号:12
・最高到達点:305cm
バレーボールを始めたのは3歳の頃で、中学時代には熊本選抜として全国優勝も経験しています。
かなり早い段階からバレーボール漬けだったことが分かりますね。
ここからは、学生時代からプロ入りまでの歩みをもう少し詳しく見ていきます。
熊本県出身で鎮西高校から早稲田大学へ
荒尾怜音さんは熊本県出身で、中学卒業後はバレーボールの強豪として知られる鎮西高校へ進学しました。
中学校まではアウトサイドヒッターとしてプレーし、高校進学後にリベロへ転向しています。
そして高校1年生からレギュラーとして活躍し、インターハイと春高バレーの2冠を経験しました。
春高バレーではベストリベロにも選ばれています。
高校1年生でポジションを変えて、そのまま全国レベルの結果を残すのはなかなか強烈ですね。
会社員でたとえるなら、入社早々に「今日から担当部署が変わります」と言われ、そのまま社内表彰まで持っていくようなものです。
その後は早稲田大学スポーツ科学部へ進学し、大学でも1年生からレギュラーを獲得しました。
全日本インカレでは2020年、2021年、2023年にリベロ賞を受賞しています。
順風満帆に見えますが、大学1年生の冬には燃え尽き症候群、2年生の春には膝の負傷も経験しています。
それでも大学4年時には春秋リーグ、東日本インカレ、全日本インカレなどで結果を残し、学生バレーを締めくくりました。
こうした実績を経て、荒尾怜音さんはプロの舞台へ進むことになります。
リベロとして活躍しヴォレアス北海道に加入
荒尾怜音さんは2024年2月、ヴォレアス北海道への入団内定が発表されました。
2024-25シーズンにはSVリーグでベンチ入りし、2024年11月2日の広島サンダーズ戦で初出場しています。
同年11月30日の東レアローズ静岡戦では、初めてスタメンとして出場しました。
リベロは派手なスパイクを決めるポジションではありませんが、守備の中心としてボールをつなぐ重要な役割があります。
仕事でいえば、目立つプレゼン担当というより「この人がいないと現場が回らない」というポジションでしょうか。
個人的には、こういう役割を黙々とこなす人を見ると妙に親近感があります。
荒尾怜音さんは今シーズンの個人的な目標として、昨シーズンより多くコートに立ち、コート内外でポジティブな雰囲気を作ることを掲げています。
今回の公表でも「プロバレーボール選手として、大好きなバレーボールに全身全霊で取り組んでいく」と決意を示しました。
セクシャルマイノリティの公表によって荒尾怜音さんを知った人にとっては、今後コート上でどのような活躍を見せるのかも気になるところですね。
