望月彩華は元ヤンだった?
望月彩華さんは、中学時代に実際に不良だったことを自ら明かしています。
しかも、ただ見た目が派手だったという話ではなく、暴走族だった3歳年上の男性との交際をきっかけに生活が大きく変わったそうです。
小学生のころは意外にも真面目な性格で、周囲が一斉に遅刻しようとした際には「遅刻してはダメなんじゃないの」と口にするタイプだったとか。
それでも友達に流されて一緒に遅刻してしまうところを見ると、周囲から影響を受けやすい一面もあったのでしょうね。
会社員として働いていると、付き合う人によって考え方や行動が変わる感覚は少し分かります。
職場でもランチだけで帰るつもりが、ノリのいい同僚と一緒だと「もう一軒だけ」が始まったりしますからね。
もちろん中学生の飲酒や喫煙、無免許運転とはまったく別の話ですが、環境が人に与える影響の大きさを感じるエピソードです。
では、望月彩華さんがどのようにヤンキーの世界へ入っていったのか、もう少し詳しく見ていきます。
望月彩華は中学時代に実際に不良だったと告白
望月彩華さんは、中学時代について「実際に不良だった」と分かるエピソードをかなり率直に語っています。
中学校へほとんど行かなくなり、家にもあまり帰らず、交際相手の家で過ごすことが増えていたそうです。
さらに、中学1年生の途中ごろから周囲がバイクや車に乗るようになり、望月彩華さん自身も徐々に暴走行為へ参加するようになったと明かしています。
暴走族のバイクの後ろに乗ったことや、無免許運転をした経験についても振り返っています。
現在の感覚で見ると笑い話にはできない内容ですし、望月彩華さん自身も過去の行動について反省する言葉を口にしています。
一方で、過去を格好よく盛るのではなく「若気の至り」として話しているところは印象的ですね。
社会人になると学生時代の武勇伝をやたら誇らしげに語る人に出会うことがありますが、聞いている側はリアクションに困るものです。
望月彩華さんの場合は、昔の行動を肯定するというより、現在の視点から振り返っている点も押さえておきたいですね。
では、もともと真面目だった望月彩華さんが、なぜそこまで変わっていったのでしょうか。
真面目な性格からヤンキーになったきっかけは暴走族の恋人
望月彩華さんがヤンキーの世界へ近づいた大きなきっかけは、中学生のころに交際した3歳年上の男性だったようです。
友人から紹介された相手は他校の高校生で、出会った時点ですでに不良だったと望月彩華さんは振り返っています。
さらに、その友人も小学生のころから不良の集まりに出入りしていたそうです。
望月彩華さんにとって、年上の人たちの世界はかなり大人びて見えたのでしょう。
中学生くらいだと、年齢が3歳違うだけでも別世界の人に感じますよね。
社会人の3歳差なら「同期みたいなもの」で終わりますが、中学生と高校生では生活範囲も雰囲気もかなり違います。
望月彩華さん自身も、交際相手と一緒にいるうちに「悪いことをしている自分、格好良い」という感覚になっていったと話しています。
つまり、生まれつき筋金入りのヤンキーだったというより、友人や交際相手との付き合いの中で徐々に環境が変化していった様子が見えてきます。
そして、その変化は交友関係だけでは終わりませんでした。
次は、望月彩華さんが暴走族の周囲でどのように過ごしていたのかを見てみましょう。
暴走族のバイクに乗るなど不良グループと行動していた
望月彩華さんは暴走族に近い環境で過ごし、バイクの後ろに乗るなど不良グループと行動していたことを明かしています。
グループには30人ほどがいて、普段集まっていたのは10人程度だったそうです。
全員10代で、夜の街で別グループと喧嘩することもあったと振り返っています。
望月彩華さん自身は喧嘩には手を出さなかったとしていますが、無免許運転をした経験はあったそうです。
また、中学1年生から暴走族のバイクの後ろに乗ることもあったと話しています。
こうして並べてみると、「ちょっと派手な中学生」というレベルではなかったことが分かりますね。
一方で、望月彩華さんが暴走族そのものに所属していたと断定できる話とは分けて考える必要があります。
「元ヤン」という言葉はかなり幅広く使われますが、今回確認できるのは、望月彩華さん本人が不良だった当時の生活を具体的に語っているという点です。
会社員になってから過去を振り返ると、「なんであんなことをしていたんだろう」と思う黒歴史が一つや二つある人も珍しくありません。
ただ、望月彩華さんの場合は、その黒歴史のスケールがなかなか大きめです。
そして気になるのが、今回の検索キーワードにもなっているタバコと酒です。
次は、望月彩華さんが「中1で煙草もお酒も男も知りました」と語ったヤンキー時代を詳しく見ていきます。
望月彩華が中1でタバコと酒と男を経験したヤンキー時代とは?
望月彩華さんは、中学1年生のころにタバコや酒を経験し、年上の男性との交際も始まったと明かしています。
本人の言葉を借りれば「もう全部セット」というほど、一気に生活が変化した時期だったようです。
背景には、年上の不良グループを大人っぽく感じていたことや、周囲の影響を受けて「悪いことをしている自分が格好良い」と考えるようになったことがありました。
今振り返れば危険な行動ですが、望月彩華さん自身も「若気の至り」として反省しています。
ただ、何でも無制限に手を出していたわけではありません。
当時の交際相手との間にも越えなかった一線があり、その部分まで確認すると、望月彩華さんのヤンキー時代がもう少し立体的に見えてきます。
まずは気になるタバコと酒について見ていきましょう。
望月彩華は中1でタバコと酒を経験したと告白
望月彩華さんは、中学1年生のころにタバコと酒を経験したことを自ら明かしています。
友人からタバコや酒などの話を聞くうちに、不良の世界を大人っぽく感じるようになったようです。
その後、3歳年上の不良だった男性と付き合い始め、生活環境も大きく変化していきました。
「中1で煙草もお酒も男も知りました」という本人の発言を見ると、かなり早い段階で背伸びをしていたことが分かります。
もちろん、未成年の喫煙や飲酒は現在も法律で禁止されています。
今の望月彩華さんも当時の行動を肯定しているわけではなく、反省していることを明言しています。
社会人になって昔の写真を見返しただけで「この髪型でよく外を歩けたな」と頭を抱えることがありますが、望月彩華さんの場合は髪型どころではありません。
まさに本人が表現する「黒歴史」だったのでしょう。
では、なぜそこまで大胆な行動を取るようになったのでしょうか。
当時の望月彩華さんには、思春期らしい独特の価値観がありました。
「悪いことをしている自分が格好良い」と思っていた
望月彩華さんがヤンキー生活にのめり込んだ背景には、「悪いことをしている自分が格好良い」という気持ちがあったそうです。
本人も「中二病的なところがあった」と振り返っています。
最初から不良になると決めていたわけではなく、年上の交際相手や友人と過ごすうちに価値観が変わっていったのでしょう。
家にもあまり帰らず、交際相手の家で過ごすようになりました。
学校にもほとんど行かなくなったものの、体育祭などの行事には参加していたそうです。
完全に学校との関係を断ち切ったわけではないところが、なんとも中学生らしいですね。
大人になると「悪いこと=格好良い」という感覚は理解しにくくなりますが、思春期には周囲と違うことをするだけで妙に格好よく感じる瞬間があります。
会社員でも若手時代は「徹夜で仕事した」「昨日3時間しか寝てない」なんて自慢しがちですが、年齢を重ねると睡眠時間のほうが圧倒的に大事になります。
望月彩華さんにも、それに近い価値観の変化が後に訪れました。
そして、かなり危険な環境にいた一方で、望月彩華さんが手を出さなかったものもあったそうです。
薬物には手を出さなかったと本人が明かしている
望月彩華さんは、当時タバコや酒を経験した一方で、薬物には手を出さなかったと話しています。
交際相手がタバコのようなものを吸っている場面で、望月彩華さんが何か尋ねると「アメリカの煙草だよ。でもお前は吸わないほうが良い」と言われたこともあったそうです。
望月彩華さん自身は、それについて「たぶん危ないやつです」と振り返っています。
ただし、実際に何だったのかは確認されていません。
ここは推測だけで薬物だったと断定しないほうがよさそうですね。
望月彩華さんによると、当時の交際相手から薬物については止められていたそうです。
飲酒や喫煙、無免許運転など十分に危険な行動をしていたことに変わりはありませんが、その中でも越えなかった線があったことになります。
こうした中学生活を経て、望月彩華さんは高校進学を迎えます。
そこで意外なほどあっさりと「不良はダサい」と感じるようになり、ヤンキー生活から離れていきました。
望月彩華は高校時代に元ヤンを卒業してギャルになった?
望月彩華さんは高校進学を機に不良生活から離れ、その後は金髪のギャルとして高校生活を送っています。
中学時代に交際していた3歳年上の男性とも、望月彩華さんの高校入学と相手の高校卒業が重なったタイミングで自然に別れたそうです。
高校へ進学した理由には、看護師になりたいという目標もありました。
中学校へあまり通っていなかった望月彩華さんですが、看護学校を受験するには高校へ行く必要があると考えたようです。
ここで面白いのは、周囲から無理やり更生させられたというより、自分自身で「悪いことがダサい」と感じ始めたことですね。
価値観が切り替わる瞬間は、案外こんなにシンプルなのかもしれません。
ただし、そのまま優等生路線へ一直線というわけでもありませんでした。
ヤンキーを卒業した望月彩華さんが次に選んだのは、ギャルというスタイルでした。
高校進学をきっかけに「悪いことはダサい」と心境が変化
望月彩華さんは高校生になるころ、「悪いことがもうダサい」と感じるようになったと語っています。
友人が不良行為を自慢する姿を見ても、「自分はもう全部終わった」と冷めた感覚になったそうです。
中学生でかなり濃い経験をしたことで、不良として振る舞うこと自体に飽きてしまったのでしょう。
本人も「たぶんもうやり切った」と振り返っています。
なかなか強烈な卒業理由ですよね。
一般的には先生や親から注意されて生活を改める展開を想像しますが、望月彩華さんの場合は自分から「もういいかな」となったわけです。
会社でも、若手のころに格好いいと思っていた働き方が数年後には急に恥ずかしくなることがあります。
無駄に残業していた自分を思い出すと、「早く帰ればよかった」としか思えません。
望月彩華さんの場合も、環境だけではなく自分自身の価値観が変化したことが大きかったのでしょう。
ただ、不良を卒業したからといって、急に見た目までおとなしくなったわけではありません。
次に待っていたのが金髪ギャル時代です。
金髪ギャルになり中学時代とは違う高校生活へ
望月彩華さんは不良生活をやめた後、金髪のギャルになりました。
付き合う友人が変わり、似た雰囲気のギャル仲間が自然と集まるようになったそうです。
カラオケやクラブへ遊びに行き、友人宅へ泊まることもありました。
夜遊びそのものが完全になくなったわけではありませんが、中学時代とは違って学校には通っています。
昼休みに友人とご飯を食べたり、限られた時間で遊んだりと、望月彩華さん自身も高校生活を「青春でしたね」と振り返っています。
中学校へほとんど行かなかった時期を考えると、大きな変化ですよね。
高校ではサッカー部の男性と普通の学校恋愛も経験したそうです。
ただ、その交際は3カ月ほどで終了。
刺激が足りなかったのかもしれないと振り返っています。
普通の青春に戻ったように見えた望月彩華さんですが、その後に交際した男性との間では、また驚くような出来事が起きました。
高校時代に交際していた恋人が少年院へ
望月彩華さんが高校時代に交際していた男性の一人は、突然連絡が取れなくなり、後になって少年院へ入っていたことが分かったそうです。
当時は先生に尋ねても事情を教えてもらえませんでした。
望月彩華さんが何度も問い詰めると、先生からは帰ってくるのを待つように伝えられたといいます。
望月彩華さんは当時、その男性との結婚まで考えるほど好きだったそうです。
しかし、高校在学中に戻ってくることはありませんでした。
真相を知ったのは望月彩華さんが19歳から20歳ごろのことです。
SNSを通じて男性本人から連絡があり、少年院に入っていたことを知らされたと語っています。
詳しい理由について望月彩華さんは知らないとしているため、そこから先を憶測で広げることはできません。
その後、一度は復縁したものの最終的には別れています。
中学時代に続いて、高校時代の恋愛もなかなかドラマがありますね。
そして、このころ望月彩華さんの人生では、もう一つ大きな変化が始まっていました。
幼いころから憧れていた芸能界への道です。
望月彩華は元ヤンからアイドルになった?
望月彩華さんはヤンキーやギャルとして過ごした10代を経て、福岡のご当地アイドルグループ「HR」のメンバーになりました。
幼少期から芸能人になることに憧れ、モーニング娘。などのオーディションにも挑戦していたとされています。
その後、HRのオーディションに合格し、2012年からアイドルとして活動しました。
元ヤンから清純派アイドルという経歴だけを見ると、かなり振れ幅がありますね。
しかも、望月彩華さんは過去を完全に隠したキャラクターではなく、金髪ギャル風の見た目を生かした「ヤンキーキャラ」で活動していました。
会社員で例えるなら、学生時代の黒歴史を封印して入社するどころか、自己紹介の武器として使うようなものです。
結果的に、それがグループ内での個性にもつながったようです。
では、望月彩華さんがどのようにアイドルになり、その後どんな道を歩んだのか見ていきます。
福岡のご当地アイドルHRのメンバーとしてデビュー
望月彩華さんは、福岡を拠点としていたご当地アイドルグループ「HR」のメンバーとして芸能活動をスタートしました。
芸能界への憧れは突然生まれたものではなく、子どものころから持っていた夢だったそうです。
一時は芸能界を諦めて看護師になることも考えていましたが、最終的にはアイドルになる夢を追い続けました。
そして2012年11月10日にHRのメンバーとしてアイドルデビューしています。
中学生のころの生活だけを見ると、その後に清純派アイドルグループへ入るとはなかなか想像できませんよね。
ただ、小学生時代にはもともと真面目な一面があり、芸能人になるという夢も持っていました。
そう考えると、不良だった時期だけが望月彩華さんのすべてではなく、かなり早い段階から芸能活動への思いを持ち続けていたことが分かります。
そして、HRに加入してからも望月彩華さんらしい個性は消えませんでした。
むしろ、金髪のヤンキーキャラが大きな特徴になります。
金髪ヤンキーキャラで人気メンバーに
望月彩華さんはHR所属時、清純派のグループの中で金髪ギャルメイクのヤンキーキャラとして活動していました。
周囲とは違うビジュアルが、逆に望月彩華さんならではの個性になったようです。
昔から不良だった事実を知ると「キャラじゃなくて経験者だったのか」と驚く人もいるでしょう。
芸能活動ではキャラクターを作ることも珍しくありませんが、望月彩華さんの場合は10代の経験と重なる部分があったわけですね。
会社でも経歴が妙に濃い人は、それだけで覚えてもらえます。
ただ、望月彩華さんの経歴は「前職がちょっと珍しい」というレベルを軽々と超えています。
HRでは2015年12月まで活動し、その後はアイドルとはまったく異なる世界へ進むことになりました。
次に選んだ仕事が、現在にもつながるポールダンサーです。
アイドル卒業後はポールダンサーとして活動
望月彩華さんはHR卒業後、ポールダンサーへ転身しています。
2017年にポールダンサーとしてデビューし、その後はバーレスク東京でも活動しました。
アイドルからポールダンサーへの転身もかなり大胆ですが、中学生から現在までの経歴を追うと、望月彩華さんは節目ごとに自分の居場所を大きく変えてきたことが分かります。
中学時代は暴走族に近い環境で過ごし、高校ではギャルになり、その後は清純派アイドルグループへ。
さらにアイドル卒業後にはポールダンスの世界へ進みました。
一本道の経歴とは正反対ですね。
サラリーマン生活では「転職するだけでも勇気がいる」と感じることがありますから、これだけ方向転換を繰り返しながら活動を続けている点には行動力を感じます。
一方、今回注目された中学時代については、望月彩華さん自身が現在の価値観で反省していることも忘れてはいけません。
「元ヤン」というキャッチーな部分だけを見るより、真面目だった小学生時代から環境が変化し、高校進学を境に自ら不良生活を離れた流れまで追うと、望月彩華さんの10代がより分かりやすくなります。
